顔を外したわたしは其方にもまた四五人の若い女がわたしを見て居るのに気が附いたんですよ。平家の入口近くへ皆椅子を持つて来て見て居るのです。
 わたしはもう驚いてしまつた。窓の二人もやや暗い室内に居る人も勝れた美くしい人達ばかりだつた。夢の中の人のやうだつた。窓の女の目は殊に大きいからさう云ふ気がするのか知らないけれど。阿片と云ふものの心地よい酔と云ふものはこんなものであらうかと云ふやうな気がわたしにして来ましたよ。わたしはね西洋へ来て居ることだの、巴里だのとは全く忘れてしまつた、あのね、遊仙窟とか紅棲夢[#「紅棲夢」はママ]とかの本の中へ入つて来たと云ふ気がしたんですよ。
 この家は入口の石の段が七八つありましたよ。けれど梯子段の処は暗くて綺麗ではなかつた。
『マリイ、マリイ。』
 と呼び続けに云つて良人は梯子を上つたり下りたりして居りましたよ。
『君はもう廃《よ》してくれ給へ、身体《からだ》がまだ真実《ほんとう》になつてないんだから、よしてくれ給へ。君、君、いけませんよ。』
 何方かの人に良人はかう云つてましたわ。わたしはうつらうつらとした気で木の梯子段を二段上りましたよ。鼠色の観音開
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