戸の外まで
與謝野晶子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)向うの角《かど》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]クトルマツセ町へ
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 自室から出ましてね、廊下の向うの隅に腰を掛けて車丁に、
『わたしは巴里へ行くのよ。』
 と云ひました。
『ええ、奥様。』
 と笑ひながら頤の先に髯のある車丁は笑つてましたよ。一昨日までの露西亜人、今朝迄の独逸人とは比べものにならないやうな優しい車丁ですよ。四時に巴里へ着くことに決つて居ても、巴里が終点であることが解つて居てもやつぱしね、すうと巴里を抜け通つてしまつて、地中海の海岸まで伴れて行かれやあしないかと思ふんでせうね、心配なんでせうね。
 廊下の大きい硝子窓の向うには、ばたばたと血を落して、汽車の行くのと反対の方へ飛んで行く何かのあるやうに雛罌粟が咲いて居るんです、国境からはもうずうつとかうなの。矢車草もあるんですよ。
 ノオルド・エキスプレスは綺麗な汽車なんですよ。かう云ふ厚硝子張りの一等車ばか
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