]クトルマツセ町へ来たのかして、自動車が止りました。古着屋の店の前でねえ。
『此処。』
『ああ。』
 良人は誰よりも先に飛んで降りました。
 古着屋の隣の門に、群青地に白の二十一と云ふ番地のしるしが出て居ましたよ。
 荷物などは自身で持つて行かなければならないものと見えてね、一つの鞄を持つて良人は門の中の敷石の道を奥へ行きましたよ。長谷部さんもねえ。良人が二度目のをまた持つて行く。福永さんもねえ。わたしも悪いので信玄袋を持たうと思ひましたけれど、大きくつて重くつてねえ。
 わたしは何も持たずに入つて行つたわ。
 奥の正面にまた門はあるんですが、左の低い枝折戸のやうな木の庭口の附いたのがルイさんの家らしいんです。戸口の前に荷物が皆置かれてましたよ。
 アカシヤの木があつて、その向うは低い平家で、後はまた高い青葉の木でした。アカシヤの枝の下には草の花がいつぱい咲いて居ました。良人が鞄を何度にも運んで行く間わたしは其処で立つて居なければなりませんでしたわ。その時分にわたしはもう直ぐ前の一階の出窓に居る白いものを着た女二人に眺められて居ました。美くしい人の横から棕梠竹の葉が少し見えましたのよ。
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