んですわ。
『君、此処ですよ、此処ですよ。』
とその方は右の手を上げた。そしたら薄紺の服に変りチヨツキを着た人が走つて来ました。良人ぢやありません。横浜から神戸へ行く船で顔馴染になつた長谷部と云ふ画家なんです。良人が前へ来た。
わたしは何時のまにかプラツトホオムへ降りて居ました。良人は綺麗な顔になつて居ました。
『…………。』
良人の云ふことがよく耳に入りませんでした。
『あなたは櫻井さんでいらつしやいますか。』
『いいえ、わたしは福永です。』
わたしはそれより前に長谷部さんと挨拶をしました。
『僕の宿のルイさんだ。』
と云つて、良人は美くしい人に紹介をしてくれました。それからその方の伴の方にもねえ。
車丁はわたしの室の窓から荷物を皆良人と長谷部さんなどに渡してくれましたよ。赤帽が二人で上手にそれを皆持ちましたよ。皆一緒に歩き出しました。わたしは仏蘭西の巴里へ来たと云ふよりも、日本人の居る国へ来たと云ふ気で居るんですね。
『わたしね、都合のいい寝台が御座いませんでね、一等車に乗り替へたんで御座いますよ。』
かうぢやなかつた。良人にものを云ふのはかうした言葉づかひではないん
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