ちました。汽車がもう巴里の停車場の構内に入つて行くらしい。大きな機関車の壊れたのを見るやうな停車場のかかりだとわたしは思つてました。けれど、けれどまだなかなか長いのです。
『奥様、巴里ですよ。』
『ええ。』
 わたしは自室から飛び出したわ。車丁は棚からわたしの荷物を下し初めたでせう、きつとね。もういよいよ汽車が止りさうなので昇降口まで出て行きました。
 日本人が一人居りました。けれど知らない人です。頑丈な風の髭のある。わたしの良人より少し老けたやうな人でした。わたしはもう良人が何処か其処等に来て居るに違ひないと思ひましたわ。わたしはこの人が誰であるかと云ふ判断を早くしたくて仕方がない。良人の居る家の直ぐ隣においでになるのは桜井さんと云ふ京都の画家で、非常な美男でいらつしやるつて良人はよく手紙に書いてよこしましたがねえ、良人はわたしがさうした綺麗な顔の人が好き、さう云ふ人の噂が好きで居るもんですから、いいかげんな嘘を云つて来て居たので、この人が真実の桜井さんなんだらうとわたしは思つたんですわ。丁度わたしが其方の前まで行つた時に汽車は死んでしまひました。脈の早いわたしの身体に此べてさう思ふ
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