ぐに出て行けといい放った。今日まで如何なる難題にも、邪推にも、悪罵にも、あてこすりにも十二分に堪えていた温良な嫁も、むざむざ良人との愛を割《さ》かれるこの不法と苛酷に対して、思わず自制の箍《たが》を逸《はず》してかッと[#「かッと」に傍点]逆上した。たとい嫁の血族に精神病の系統のあることが後に公判廷で立証されたにしても、姑の不法な言いがかりが専擅《せんせん》苛酷な夫婦の離別に及ばなかったならなおこの逆上はしなかったであろう。またあるいは無情な離別を強《し》いられたにしても、嫁の体質が平生の生理状態であったなら恐らくなおこの逆上はしなかったであろう。しかし不幸にも若い嫁は病身である上に月経時であった。逆上すると同時に偶《たまた》ま手近にあった刃物を取って姑に投げ附けた。積極的に斬《き》ろうとするのでなく、勿論殺意があるのでなく、手当り次第に投げ附けた。それは猛烈なヒステリイの発作であった。姑は微《かす》かなかすり疵《きず》を負って逃げ出した。こうして意外な悲劇が突発し、嫁が姑を刺したという稀有な故殺未遂犯が成り立った。
 ヒステリイは今日までの所、多数の婦人の或時期(月経時、妊娠時、分娩
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