一人前の教育ある紳士がその母の旧思想を説破し、その苛酷な干渉を諫止《かんし》して、夫婦の間の生活は専ら夫婦の間で決すべきものであることを宣明しなかったのであろう。母を尊敬し併せて妻を愛重する文明男子がこの際に取るべき手段は、誠意ある諫諍《かんそう》を敢てして、母を時代錯誤から救い出し、現代に適した賢い母たり新しい母たらしめる外にないではないか。子としても良人としても確かなかつ周到な思慮を欠いて甚だ煮え切らぬ態度を取っていたために、母の恥を世に曝《さら》し、妻を罪人たらしめ、自分自身を不幸に導くような悲惨な結果になってしまった。私は良人たる人さえ首鼠両端《しゅそりょうたん》でなかったら、この悲劇の運命は多分避け得られたのではないかと思って返すがえすも惜まれるのである。
さて嫁が姑を刺すという悲劇の突発した時には姑が夫婦の家に滞在していた。それは良人の不同意にかかわらず家風に合わぬ嫁は姑の権威で離縁させるといってその離縁を実行するためにわざわざ神戸から出掛けて来たのであった。そして良人の留守に姑は散々の悪態を吐《つ》いて乱暴にも肺を病んでいる嫁をいびり出そうとした。恐ろしい権幕で今から直
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