ら2字下げ]
岸遠く漕《こ》ぎ離るらんあま船に乗りおくれじと急がるるかな
[#ここで字下げ終わり]
平生に変わって姫君はこの手紙を手に取って読んだ。もの哀れなふうに心のなっていた時であったから、書く気になったものか、ほんの紙の端に、
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こころこそ浮き世の岸を離るれど行くへも知らぬあまの浮き木ぞ
[#ここで字下げ終わり]
と例の手習い書きにした。これを少将の尼は包んで中将へ送ることにした。
「せめて清書でもしてあげてほしい」
「どういたしまして、かえって書きそこねたり悪くしてしまうだけでございます」
こんなことで中将の手もとへ来たのであった。
恋しい人の珍しい返事が、うれしいとともに、今は取り返しのならぬ身にあの人はなったのであると悲しく思われた。
初瀬詣《はせまい》りから帰って来た尼君の悲しみは限りもないものであった。
「私が尼になっているのですから、お勧めもすべきことだったとしいて思おうとしますが、若いあなたがこれからどうおなりになることでしょう。私はもう長くは生きていられない年で、死期《しご》が今日にも明日にも来るかもしれないのですから、あなた
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