に甘味《おい》しければ毎晩でもお食べよ。」
 母親はじつと娘を見ながらかう云ひました。
「母様《かあさん》がお作りになつたからおいしいのよ。」
「なんの、おまへ自身で作つて御覧、もつとおいしいよ。」
 お幸はこの時ふと母の労力を無駄使《むだづか》ひをさせたと云ふやうな済まない気のすることを覚えました。
「私《わたし》が持つて行く。」
 皮の載つた盆を下げようとする久吉をかう留めてお幸は自身で台所へ行きました。
「母さん、暗くて見えませんけれど、何かして置く用が此処にありませんか。」
 お幸はやや大きい声でかう云ひました。
「姉さんは元気が出たね。」
と久吉が云ひました。
「何も用はないよ。」
「母さん、母さん、僕は云つてしまひますよ。姉さんはね、中村さんで晩の御飯を食べさせて貰《もら》はないのだつて、他《ほか》の女中が意地わるをするのだつて、中村さんの音作がすつかり僕に云つてくれましたよ。母さん、もう姉さんを中村さんへ手伝ひに遣《や》るのをよしなさいよ。」
 弟の母に語るのをお幸はじつと台所で聞いて居ました。
「お幸や、さうなのかえ。」
「ええ。」
 お幸は目に涙を溜《た》めて灯《ひ》
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