たよ。今夜だつて食べさせないだらうつて。姉さんはもう我慢が出来まいつて。」
「あなた、母さんに話して、そのこと。」
「いいえ。けれどお芋は母さんに云つて焼いたのだからいいよ。」
「さう、ありがたうよ。久ちやん。」
「早く行かう姉さん。」
 久吉に袖《そで》を引かれた時に、お幸は郵便配達夫になることを此処《ここ》で弟と相談して見ようと思つて居たことを思ひ出しましたが、其儘《そのまま》なつかしい母の顔のある家の中に入つて行きました。
 二人の母親のお近《ちか》は頼まれ物の筒袖《つつそで》の着物へ綿を入れた所でした。
「唯今《ただいま》、母様《かあさん》、こんな遅くまでよくまあお仕事。」
とお幸は口早に云ひました。
「お帰り。道は淋《さび》しかつたらうね。」
「月夜ですもの提灯《ちやうちん》は持たないでもいいし。」
 久吉が暗い台所から持ち出して来た盆からは餓《う》ゑたお幸に涙を零《こぼ》させる程の力のある甘い匂《にほ》ひが立つて居ました。お幸は弟の好意を其儘《そのまま》受けて物も云はずその焼芋を食べてしまひました。久吉はお茶の用意もしてくれました。
「私《わたし》が作つたものだもの、そんな
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