なことをするものなのだ。人間仲間の手助けを立派にするものなので、男装して男名《をとこな》にして私は早速郵便配達夫の見習ひに行かう。真実《ほんたう》にそれはいいことだとお幸は思ふのでした。
 何時の間にかお幸はもう稲荷の森へ入つて来て居ました。虫の声が遠くなつて此処では梟《ふくろふ》が頻《しき》りに啼《な》いて居ます。
「久ちやん。」
 お幸はいつものやうに弟へ帰つた合図の声を掛けました。古い戸のがたがたと開けられる音がしました。
「姉さん。」
 久吉は草履を突掛けてばたばたと外へ走つて来ました。
「姉さんに云ふことがあるよ。」
「どうしたの、母様《かあさん》は。」
 お幸の胸は烈《はげ》しく轟《とどろ》きました。
「母さんのことぢやないよ。姉さんに云ふことがあるつて云つてるのぢやないの。」
「ぢやなあに。」
 お幸は弟の肩へ手を掛けて優しく云ひました。
「姉さん今日はお芋が焼いてあるよ。」
「そんなこと。」
「だつて姉さんはお腹《なか》が空《す》いて居るのぢやないか、僕《ぼく》知つてるよ。」
 久吉は恨めしさうでした。
「誰《だれ》に聞いたの。」
「中村さんの音作《おとさく》さんに聞い
前へ 次へ
全13ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング