居る所へ母親が現《あらはれ》て来て、あの小楠公《せうなんこう》の自殺を諌《いさ》めたやうなことを、母親が切物《きれもの》を持つた手を抑へながら云ふやうな光景が見えて来ました。そして駄目《だめ》だと思ひました。
「けれども」
 お幸はまた最初の考へに戻《もど》つて、大津は此処から云へば三里も隔つて居ない所だけれども、泉南泉北《せんなんせんぼく》と郡が別れて居て村の人などはめつたに往来しない。何方《どちら》かと云へば海の仕事をする人と工場の多い大津と云ふ街をこの村の人は異端視して居るのだ。だから私《わたし》が其処で男に化けて郵便脚夫をしても誰《だれ》も気の附く人はあるまい。自分の働きで自分の食べて行くのは一緒でも今の女中奉公よりその方がどんなにいいか知れない。お金持の奴隷になる訓練を受けてそれが私の何にならう、私はもう断然と外の仕事に移つてしまふのだ。さうしなければならないのだ。私は工女の境遇がつまらないのであることは知つて居る。それにはなりたくないと思つて居る。郵便脚夫は資本のある人に虐待される女工などゝは違つて、お国の人が一緒になつて暮すのに是非廻さなければならない一つの器械を廻すやう
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