《さかひ》の街の呉服屋やら雇人口入所《やとひにんくちいれじよ》の広告やら何時《いつ》でも貼《は》られて居るのです。
「おや、こんなものがある、」
 お幸はその中に新しい貼紙《はりがみ》の一つあるのを見出《みいだ》したのです。それは大津《おほつ》の郵便局で郵便配達見習を募集するものでした。
「学歴は小学校卒業程度の者だつて、十五歳以上の男子つて、まあそんなに小《ちひさ》くてもいゝのかしら、日給は三十五銭。」
 お幸はこんなことを口で言ひながら二三分間その貼紙の前で立つて居ました。
「男ぢやないから仕方がない。」
 暫《しばら》くの間お幸は前よりも早足ですた/\と道を歩いて居ましたがまた何時の間にか足先に力の入らぬ歩きやうをするやうになりました。魔の目のやうな秋の月はお幸のやうな常識に富んだ少女をも空想な頭にせずには置きませんでした。
「馬鹿《ばか》な。」
と思ひ出したやうに云つた後でもお幸の空想は大きく延びるばかりでした。お幸は髪を切つて男装をして大津の郵便局へ雇はれて行かうかとそんなことを思つて居るのです。母さんが承知をしないかも知れない、かう思ふとお幸の目には、そつと髪を切らうとして
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