姿を異様な情《なさけ》ない姿に思はれた。
『健《たかし》は。』
鏡子は前後を見廻してから云つた。
『健さん、何処《どこ》に行つてるのでしよう。』
お照は人に隔てられて一二|間《けん》先に立つて居た健の手を引いて来た。
『健。』
『うう、おかへり。』
顔も声もこれは最も変つて居なかつた。鏡子は意識もなしに先刻《さつき》から時々|其《その》人に物を云つて居た黒|目鏡《めがね》が南の夏子であることに漸く気が附いて来た。
『お変りなくつて、南さんもね。』
『南も参るので御座いますがね、どうしても出なければならない講義がありましてね、私ばかり参りましたの、[#「、」は底本では脱落]皆様が大《おほ》よろこびで大変で御座いましたの、奥様まあおめでたう御座います。』
静かにではあるがかう続けざまに夏子は云つた。
『一寸《ちよつと》お写真を取らして戴きます。』
先刻《さつき》同車して来た記者は写真師を伴《つ》れて来た。
『困るわ、私まだ顔も洗はないのだから。』
鏡子はお照に云ふともなく記者に云ふともなく云つて、夏子の肩に手を掛けて顔を蔭へ隠すやうにした。
『ねえ、かうしてね。』
小声《こご
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