ゑ》で云つた。
『困つてしまひますね。』
 夏子は写真師に聞《きこ》えるやうな声で云つた。お照は鏡子の窶《やつ》れた横顔を身も慄《ふる》ふ程寒く思つて見て居た。
 改札口の所には平井夫婦、外山《とやま》文学士などと云ふ鏡子の知合《しりあひ》が来て居た、靜の弟子で株式取引所の書記をして居る大塚も来て居た。十年余り前に靜と鏡子が渋谷で新《しん》世帯を持つた頃に逢つた限《き》り逢はない昔|馴染《なぢみ》の小原《をはら》も来て居た。鏡子の帰朝の不意だつたこと、ともかくも衰弱の少《すくな》く見えるので嬉しいと云ふことなどが皆の口から出た。鏡子は自身でも歯|痒《がゆ》く思ふやうなぐずぐずした挨拶をして居たが、急に晴やかな声を出して、
『平井さんの小説が大層評判が好《い》いさうですね。』
 と云つた。
『此頃は無暗《むやみ》に書きたいのですよ。』
 平井は微笑《ほゝえ》みながら云つた。その人の妻は口を覆ふて笑ふて居た。
『車を持つて来させて御座います。』
 清は鏡子を車寄せの方へ導いて行つた。旅客《りよかく》は怪しむ様に目をこの三十女《さんじうをんな》に寄せた。
『滿がね、私の事を叔母さん叔母さんと
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