間違へて云ふのですよ。』
 車に乗らうとして横に居た外山にかう云つた鏡子の言葉尻はおろおろと曇つて居た。
『ああ、さうですか。』
 外山は満面に笑《ゑみ》を湛《たゝ》へて云つて居た。瑞木が鏡子の前へ乗つた。花木も乗りたさうな顔をして居たのであつたが後《うしろ》の叔母の車に居た。瑞木を膝に乗せた車が麹町へ上《あが》つて行《ゆ》く。こんな空想を西洋に居た時に何度鏡子はした事か知れない。滿、瑞木、健、花木、晨、榮子と云ふ順に気にかゝるとは何時《いつ》も鏡子が良人《をつと》に云つて居た事で、瑞木は双子《ふたご》の妹になつて居るのであるが、身体《からだ》も大きいし、脳の発達も早くから勝《すぐ》れて居たから両親には長女として思はれて居るのである。容貌《きれう》も好《い》い。赤ん坊の時から二人の女中が瑞木の方を抱きたいと云つて喧嘩をしたりなどもした。鏡子はまた子供の中で自身の通りの目をしたのは瑞木だけであると思ふから、永久と云ふ相続さるゝ生命は明らさまに瑞木に宿つて居るやうにも思ふのである。どうしても今日《けふ》母に抱かれる初めの人は瑞木でなければならないのであつた。
『お悧口《りこう》にして居た。
前へ 次へ
全50ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング