めた事をあんなに良人《をつと》から善《よろこ》ばれた煙草《たばこ》だからと、さう思ふのであるが水色の煙が鼻の前に靡《なび》くのを見ると堪《た》へ難くなつて座を立つた。
 昼飯《ひるはん》の時も榮子は目を閉《ふた》いで食べた。お照が叱ると、
『末とあべる。』
 と云ふ。
『母《かあ》さんが厭《いや》なの、他所《よそ》へ行つちまつたら好《い》いと思ふの。』
 鏡子が笑声《わらひごゑ》で云つた時、榮子は初めて目を開《あ》いて母を見て点頭《うなづ》いた。
『榮子は厭《いや》な人ね。母《かあ》さんは今日《けふ》鞄を開けたらもう一つ人形があるのだけれど、榮子はいらないこと。』
『欲しくないや。いらないや。』
 榮子は叔母の方を向いて低い声で云つた。
 一時頃に英也は出て行つた。鏡子はコロンボ以来の消息を良人《をつと》に書かうとして居た。畑尾が来た。畑尾は昨日《きのふ》彼方此方《あちらこちら》で聞いた鏡子の噂などを語るのであつたが、鏡子は此人が今に大阪|訛《なまり》を忘れ得ないで居るのが、一層この人をなつかし味《み》のある人にするのであるやうに、お照は京言葉を使へば好《い》いではないか、女中困らしの
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