彼方《あちら》の固有名詞は最も多く使つて居るのになどと思つて居た。お照が榮子を抱いて来た。
『甘《あま》うますわねえ。』
『ええ。』
 と云つて、お照はまた、
『此人は一番|姉《ねえ》さんのお気質によく似て居るのでせうよ。何力《どちら》も強い者同志でびんと撥ねてるのですよ。』
 と云つた。
『あら、あんな事、私がそんなに強い人なものですか。ねえ畑尾さん。一人行つて一人帰るのがさう云つた人に見えるか知らないけれど、違ひますねえ、畑尾さん。まるでねえ、畑尾さん。』
 訴へるやうに畑尾を見て云つた。畑尾は口を半《なかば》開《あ》けて、頬《ほゝ》をむごむごさせて限りもなく気の毒に思ふと云ふ表情を見せた。
『それでもねえ。』
 と未《ま》だお照は云つて居た。榮子の眉と目の間、高い鼻、口元がお照に似て居ると云ふ事も鏡子は云ひ出すのに遠慮をして居る自分とは違つた気強《きづよ》い人を恨めしく思つた、畑尾はそこそこに帰つて行つた。瑞木と花木が朝の涙などは跡方《あとかた》もない顔して帰つて来た。滿と健も帰つて来た。何と思つたか健が手紙を涙を零《こぼ》しながら書いて居る母の傍へ来て、
『母《かあ》さん、何時
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