親切は胆《きも》に銘じて居《を》ります。』
 鏡子は何時《いつ》の間にか床《ゆか》に足が附いて居て、額にあつた氷は膝の上の掌《たなごゝろ》に載つて居た。
『まあ御病気も太《たい》した事でありませんで結構でした。もつとお弱りかと思ひましてね、案じて居《を》りましたのですが。』
 それから清は前に立つて微笑《ほほゑ》みながら母を眺めて居る滿に、
『滿さん、御挨拶をしないの。』
 と優しく云つた。
『母様《かあさま》、おかへり。』
 かう云つて滿は顔をぱつと赤くした。
『滿さん。』
 と云つた母の顔にも美《うつ》くしい血が上《のぼ》つた。滿は其《その》儘|向側《むかふがは》の畑尾の傍へ行つてしまつた。鏡子はまた横になつて[#「横になつて」は底本では「横になつ」]しまつた。
『家《うち》でもお照《てる》さんが心配して居るらしいですわね、畑尾さんの所へ巴里《パリイ》から来た手紙が余り大層に書いてあつたらしいですわね、さうだもんだから。』
 鏡子はあへぎあへぎ云つた。
『お静かにしていらしつたらどうです、お話はゆつくり伺ひますから。』
 見兼ねて清がさう云つた。
『ええ。』
 と黙頭《うなづ》いて
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