二三分も経つか経たぬに鏡子はまた、
『私ね、あなたも恨んだ事があつたのですよ。彼方《あちら》で帰りたくなつた時ね。あの!巴里《パリイ》から来いと云つて来ました一番初めの手紙ね、あれが来た時丁度あなたが来ていらつしつて、其《その》事を賛成遊ばしたから、私の心が間違ひ初めたのだなんか思つてね。』
と前と同じ調子で話しだした。
『はあ、さうですか、ふふ、さうですか。』
清は病院の見舞客のやうな労《いたは》り半分の返辞を続けて居た。
『滿を呼んで下さいな。』
突然鏡子が云つた。
『滿さん、母《かあ》さんの所へ来なくちやあ。』
『なあに。』
叔父さんは少し坐を空《あ》けて滿を座らせた。
『皆新橋へ来るの。』
鏡子は滿の手を取つた。
『晨《しん》と榮子は来ないけれど。』
『あの人|等《ら》は来なくつても好《い》い。小《ちさ》いのだから。』
と云つて、鏡子はお前は自分の子の中で一番大きな大切な子であると確かめて知らせるやうな目附きで滿を見た。
『瑞木《みづき》や花木《はなき》は此頃《このごろ》泣かなくつて。』
『どうだか、僕は学校へ行つてるからよく知らない。叔母さん僕は三番よ。』
『滿。
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