いつ》でしたの。』
 と鏡子が云つた。
『十日《とうか》程前でしたかしら。』
『見せて頂戴な。』
『はい。』
 お照は本箱の上に載せた蝋色の箱の中から青い切手のはつた封筒の手紙を出した。手に取つて宛名を見ると、鏡子は思ひも及ばなかつた徴《かす》[#「徴《かす》」はママ]かな妬みの胸に湧くのを覚えたのであつた。
 子供達皆無事のよし、何事も皆お前様の深き心入《こゝろいれ》よりと嬉しく候。
 と書き出して、優しい言葉が多く書いてある。鏡子が巴里《パリイ》に居た頃、自身達の本国に居た頃より遥かに多く月々の費《かゝ》りが入《い》るのを知らせて来る妹の家計を、下手であると怒つては出すのも出すのも妹を叱る一方の手紙だつたのを、傍からもう少し優しくとか、もう少しどうかならないかと頼み抜いた自分が、傍に居ない日になると、他人の自分が居なくなると兄は妹にこんな手紙も書けるのであるとかう思ふと、鏡子は何とも知れぬ不快な心持になつた。鏡子も無事に日本へ帰るかどうかと心配がされると云ふやうな事もあるのであるが、良人《をつと》の愛に馴れた妻はこの位の事は嬉しいとも思はないのである。
『畑尾さんの処《ところ》へ来
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