たと云ふ方が近いたよりなんですね。』
 鏡子は何気《なにげ》ない振《ふり》でかう云つて居た。
『私もう寝ませうかねえ。』
 とまた云つた鏡子の声は情なさうであつた。
『さうなさいまし。』
『おやすみなさい。』
 鏡子は寝室へ行つた。八畳の真中《まんなか》に都鳥《みやこどり》の模様のメリンスの鏡子の蒲団が敷かれてある、その右の横に三人の男の子の床《とこ》が並んで居て、左には瑞木と花木が寝て居る。若草の中の微風《そよかぜ》のやうな子等の寝息、鏡子のこがれ抜いたその春風に寝る事も鏡子にはやつぱり寂しく思はれた。良人《をつと》を置いて一人この人等の傍へ寝に帰らうとは、立つ前の夜《よ》の悲しい思ひの中でも決して決して鏡子は思はなかつたのであつた。ふとお照がもう五つ六つ年若《としわか》な女であつたなら、そしてあのやうな恐い顔でなかつたならせめて嬉しいであらうなどとこんな事も思ふのであつた。
 五時頃から滿と健はもう目を覚《さま》して、互いの床《とこ》の中から出す手や足を引張り合つたり、爆《は》ぜるやうな呼び声を立てたりして居た。鏡子は昨夜《ゆふべ》二三十分|位《ぐらゐ》は眠れたが、それも思ひなしか
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