ら云つて居る此声を、もう起き過ぎたねぞろ声だと母親は此方《こちら》で思つて居た。泣くやうな目附を見るやうにも思つて居た。
『さうですか、末や床《とこ》をとつておやり。』
お照はまた、
『岸勇《きしゆう》と云ふのが好《い》いのでせう。』
と英也に話を向けた。
『うん、うん、うん、あれなんか好《い》いのだ。』
点頭《うなづ》きながら叔母にかう答へて英也は杯《さかづき》を取つた。畑尾がまた来たのと入り違へに南は榮子を寝かし附けた夏子を伴《つ》れて帰つて行つた。
『私ね、鞄なんかの鍵を無くしてしまつたのよ。神戸の宿屋でせうか。』
『さうですか、大変ですね。』
『ええ。』
と云つたが、鏡子は先刻《さつき》お照から大変だと云はれた時程ひしひし悪い事をしたと云ふ気も起《おこ》らないのであつた。
『三越へ電話で頼んで頂戴よ。彼処《あすこ》にはあるに決つて居るのだから。』
『ああさうですね。宜しうおます。』
それから昨日《きのふ》神戸でしかけた旅の話の続きのやうな話が長く続いた。鏡子は気に掛《かゝ》る良人《をつと》の金策の話を此人にするのに、今日《けふ》は未《ま》だ余り早すぎると下臆病《したお
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