『少《すくな》くも二つ三つはね。』
英也は胡散《うさん》らしく云つた。
『さうぢやありませんよ、確《たしか》に。』
『南さんの方が真実《ほんとう》ですね。ねえ南さん、良人《うち》がね、巴里《パリイ》でね、此処《こゝ》へ着いた十日程は若かつたねと云ふのでせう。私を先に帰して下すつたら、あなたが帰つていらつしやる時にはまた五日|位《ぐらゐ》は若いでせうと云つたの、僕の思ひなしにしてしまつて居るのだ馬鹿だと怒つてましたわ。』
英也は火鉢の灰を掻きならしながら下を向いて笑つて居た。
南夫婦と鏡子は菊屋の寿司を書斎へ運ばれて、子供達は六畳でそれを食べて、夕飯《ゆふげ》はそれで済んだ。飯酒家《のみて》の英也はお照の見繕《みつくろ》つた二三品の肴《さかな》で茶の間で徳利を当てがはれて居た。清の妻の都賀子《つがこ》が来たので鏡子は暫く座敷で語つて居た。都賀子は鏡子よりは二つ三つの年上で洒脱《しやだつ》な江戸女である。
『唯今迄のお照さんのお役目が大変で御座いました。』
と出て来た妹に花を持たせる事も忘れなかつた。
鏡子は書斎へ帰つてゆきなり、
『私ときどき喧嘩もして来てよ、帰りたいばかしに
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