。』
 鏡子の頬に涙がほろほろと零《こぼ》れた。
『おめでたう。』
 其《その》儘じつと南は俯《うつ》向いて居て、細い指だけは火鉢の上へかざされた。この無言の中へ夏子の入《はい》つて来たのを鏡子は嬉しくなく思つた。英也も来て南に初対面の挨拶をして居た。
 出入《でいり》の料理屋の菊屋から奥様にと云つて寿司の重詰《ぢうづめ》が来たと云つてお照が見せに来た。片手は背に廻して先刻《さつき》から泣いて居る榮子を負《お》ぶつて居るのである。
『何故《なぜ》そんなに榮子は泣くのでせう。』
『先刻《さつき》ね、今晩から母《かあ》さんとおねんねなさいと云つたら、それから泣き初めたのですよ。』
 お照は口を曲げてかう云つた。
『そんなことを云はないでもいいに。』
 と云つて鏡子は榮子の顔を見て一寸《ちよつと》眉を寄せた。
『榮ちやん、いけませんねえ。』
 と云つて榮子を夏子が抱き取つて二人の女は一緒に立つて行つた。
『焼けましたねえ。』
 南は気の毒さうにまじまじと師の奥様の顔を眺めて居る。
『情ないのねえ。けれど荒木さんは私を若くなつたと神戸では云つたのね。』
 鏡子は英也の顔を見て笑ひながら云つた。
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