トランクや鞄の鍵をどうしたかと云ふ疑ひを抱《だ》いて書斎へ行つた。そして赤地錦《あかぢにしき》の紙入《かみいれ》を違棚《ちがひだな》から出した中を調べて見たが見えない。
『あら。』
と独言《ひとりごと》を云つて首を傾けて見たが外に何の心覚えもない。
『お照さん、鞄の鍵を私落して来てよ。』
恥《はづか》しい事を思ひ切つて云ふやうに鏡子は隣の間の妹に声を掛けた。
『何処《どこ》かにあるのぢやありませんか。』
入《はい》つて来たお照の顔は目の尻、結んだ口の左右に上向いた線がある。
『着物を脱いだ[#「脱いだ」は底本では「晩いだ」]所になかつたこと。』
『いいえ、ありません。』
『ぢやあ汽車の中なんだわ。』
『大変ですね。』
『さうだわ。』
『困りますね。』
『いいわ。どうかなるわ。けれどあなた一寸《ちよつと》新橋の停車場《すていしよん》へ電話で聞いて見て下すつても好いわ。あのう、食堂車の前の箱ですつて。』
『さういたしませう。』
お照は立ちしなに襟先を一寸《ちよつと》引いて、上褄《うはづま》を直して出て行つた。
鏡子が茫《ばう》として居る処《ところ》へ南が出て来た。
『おや、南さん
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