をしたが心は寂しかつた。千枝子は口を少し開《あ》いて小鳥のやうな愛らしい表情をして居た。鏡子は弟の様に思つて居る京都の信田《しのだ》と云ふ高等学校の先生が、自分は一人子《ひとりご》の女《むすめ》よりも他人の子の方を遥《はるか》に遥に可愛く思ふ事、思ふ事の常である事を経験して居ると云つた事を思ひ出したりなどして居た。
『姉《ねえ》さん、お湯が沸きましたからお顔を洗つて頂きませう。』
 とお照が云つて来た。鏡子が髪もさつぱりと結ひ替へて書斎へ帰るとまた二三人の記者が待つて居た。顔も知らない人もあつたが鏡子は心と反対な調子づいた話をして居た。
 鏡子が茶の間で昼の膳に着いたのはかれこれ二時前であつた。向ふの六畳では清と英也と秋子と千枝子が並んで食べて居た。英也は何時《いつ》の間にか銘仙に鶉縮緬《うづらちりめん》の袖の襦伴[#「伴」はママ]を重ねて大島の羽織を着て居た。それは皆靜のものであつた。着る人も扱ふ人も自分達でなくなつたと、深くはないが鏡子の胸に哀れは感じさせた。末と云ふ女中はお照の事を奥様と云つて居る。畑尾は先刻《さつき》頼まれて帰つた事の挨拶に二三|軒《げん》の家《うち》へ出掛けて
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