のの買物に行つた其《その》日の悲しい寂しい思ひ出がある。里親夫婦が自身達よりも美服した裕福な品のある人達であるのを嬉しく思ひながら、榮子が明日《あす》から居る処をみじめな田舎|家《や》とばかり想像されて、ねんねこの掛襟《かけえり》を掛けながら泣いて居たのも鏡子だつたのである。
『榮子に乳《ちゝ》を飲ませて上げようか。』
 鏡子は白い胸を開《あ》けた。六年程子の口の触れない乳《ちゝ》は処女の乳《ちゝ》のやうに少《ちいさ》く盛り上つたに過ぎないのである。
『厭《いや》、厭《いや》。』
 榮子は首を振つた。
『ぢやあまた欲《ほ》しい時に上げませうね。』
 と云つて鏡子は襟を合《あは》せた。何時《いつ》の間にか千枝子も伯母の膝にもたれて居た。お照が千枝子に二言《ふたこと》三言《みこと》物を云つて[#「云つて」は底本では「立つて」]行《ゆ》かうとすると榮子がわつと泣き出した。鏡子は手を放して子を立たせた。お照は走つて寄つた榮子を、
『いけません。』
 と突き飛ばして行つてしまつた。榮子は直《す》ぐ起き上つて走つて行つた。
『千枝子さんはお悧口《りこう》ね。』
 かう云つて鏡子は姪に頬|擦《ず》り
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