いた跡《あと》らしく榮子の頬がぴりぴりと動いて居る。家《うち》の中で一番美人と云ふ評判をする人があるとか、自分も確かにさう思ふのと榮子の事をお照が巴里《パリイ》へ書いて遣《よこ》すのを、巴里《パリイ》で夫婦はそんな事がと云つて苦笑したのであつたが、或《あるひ》はさう云ふ風に顔が変つて来たのかも知れないと思はないでも鏡子はなかつたのであつたが、先刻《さつき》一目見た時からその一番の美人と云ふ事をどんなに滑稽に鏡子は思つて居るか知れないのである。子供として並外れた高い鼻と其《その》横に附いて居る立湧《たてわく》のやうな深い線、未来派《キユビスト》の描《か》きさうな目を榮子は持つて居るのである。髪の毛も叔母によく似た癖毛である。
『母《かあ》さんの所へ行つていらつしやい。』
と云つて、お照が榮子を畳の上へ置くと、口唇も頬も一層の慄《ふる》へを見せて横歩きに母の傍へ末の子は近寄つた。
『抱つこして上げませう。』
鏡子は手を出したが目は今|入《はい》つて来た千枝子にそそがれて居た。千枝子は黒地に牡丹の模様のあるメリンスの袖の長い被布《ひふ》を着て居る。
『おかへり。』
手を突いて静かに千枝
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