を一度|母《かあ》さんが抱きませうね。』
 さう云ふと、おつとりとした子は限りもない喜びを顔に見せて母の膝に腰を掛けた。瑞木も傍へ来て母にもたれかかるのであつた。
 晨は襖子《ふすま》にもたれて立つて居る。滿は縁側へ箱を持ち出して夏子に開《あ》けて貰つて居る。
『母《かあ》さん、恐い夢を見たの、巴里《パリイ》で。』
 花木は下を向いて我足を見詰めながら云つた。これは何時《いつ》やら鏡子が子の上で見た凶夢を悲しがつて書いて遣《よこ》したのを、叔母から語られて子供達は知つたのである。
『厭《いや》な夢を見てね。』
『花ちやんがいくらでもいくらでも泣くのですつてね、母《かあ》さん。』
 瑞木がをかしさうに云つた。
『厭《いや》な夢ね、真実《ほんとう》に真実《ほんとう》に厭《いや》な夢。』
 と花木が云ふ。鏡子は其《その》夢の中でかうして抱いたら泣き止んだことを思ひ出して、じつとまた抱きしめた。清の子の千枝子が庭口から入《はい》つて来た。
『あら、千枝子さん。』
 と鏡子は我を忘れて云つた。従妹《いとこ》の影を見て双子《ふたご》は一緒に出て行つた。晨も行つてしまつた。お照が榮子を抱いて来た。泣
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