》に晨は伏目《ふしめ》に首を振りながら微笑《ほゝゑ》んで立つて居た。榮子は青味の多い白眼|勝《がち》の眼で母をじろと見て、口を曲《ゆが》めた儘障子に身を隠した。格別大きくなつて居るやうではなかつた。晨は三寸程は確かに大きくなつたと思はれるのであつた。円顔の十七八の女中も出て来て居た。
『晨坊さん。』
母のかう云ふのを聞いて、晨は筒袖の手を鉄砲のやうに前へ出して、そして口を小《ちいさ》くすぼめて奥へ走つて入つた。
『抱つこしませう。晨坊さん。』
鏡子は晨を追つて家へ上《あが》つたのであつた。座敷から其《その》次をかう走り廻るのが鏡子に面白かつた。
白い菊と黄な菊と桃色のダリヤの間に葉鶏頭は黒味のある紅色をして七八本も立つて居る。[#「。」は底本では脱落]やもめのやうな白いコスモスも一本ある。それを覆ふて居る大きい木は月桂樹の葉見たやうな、葉の大きい樹《き》で珊瑚のやうな、赤い実が葉の根に総て附いて居る。新嘉坡《しんがぽうる》、香港《ほんこん》などで夏花《なつばな》の盛りに逢つて来た鏡子は、この草や木を見て、東の極《はて》のつゝましい国に帰つて来たと云ふ寂しみを感じぬでもなかつた。
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