『よく花がついたのね。』
『ええ。』
 お照は嬉しさうに云つた。
『清さんや英《ひで》さんは車ぢやなかつたの。』
『さうなんでせうね。姉《ねえ》さん、お召替《めしかへ》を遊ばせ。』
『はあ。私ね、けどね、此儘であなたに一度お礼をよく云つてしまはなければ。』
『云つて頂かないでも結構ですわ。』
 お照が次の六畳へ行つた。鏡子は書斎の障子を懐しげに見入つて居た。
 六畳へ入《はい》つて着物を替へやうとしながら鏡子は辺《あた》りを見廻して、
『お照さん、真実《ほんとう》に難有《ありがた》うよ。何もかもよくこんなにきちんとして置いて下すつたのね。』
 畳も新しくて清々《すが/\》しいのである。
『姉《ねえ》さんは真実《ほんとう》にお窶《やつ》れになりましたのね。』
 お照は先刻《さつき》から云ひたくてならなかつたと云ふやうに云つた。
『真実《ほんとう》ね。あらこんな襟買つとつて下すつたの、いいわね、けれどをかしいでせう。印度洋で焼けて来た顔だもの。』
 鏡子は平常着《ふだんぎ》の銘仙に重ねられた紫地の水色の大きい菊のある襟を合せながら云つた。
『早くもとの通りにおなりなさいね。』
『何だかもう
前へ 次へ
全50ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング