し》いたのが従来の貞操倫理である。何故《なにゆえ》に二夫に見《まみ》えてならないかという説明を附せず、無条件にこの倫理に従わしめようとした点において、先ずこの倫理は人間の意志を無視することの残虐を敢《あえ》てしている。
*
貞操倫理は愛情と性欲とにわたる問題である。詳しくいえば個人の体質と、天分と、教育と、境遇と、霊性と、性欲と、好悪と、年齢とに関係する問題である。そしてそれらの者が人に由って異っている以上、億兆の人の生活を一片の既定した貞操倫理で律することの出来ないのは明白である。或女は一夫に見《まみ》えることすら自己の清浄を破るものとして全く結婚を嫌っているかも知れぬ。或女は愛情と性欲の自発がないために全く結婚を望んでいないかも知れぬ。或女は既に結婚していてもその結婚に種々の理由から満足していないかも知れぬ。或女は一人の異性を愛するだけでそれ以外の要求を持っていないかも知れぬ。或女は一人の男性を愛し合うこと以外の性交は自己の生活の中枢である愛情を濁す行為とし、貞操を自己の愛情の象徴として厳粛に擁護しようとするかも知れぬ。――私自身の貞操観が現にそれである――また
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