で、会った事があるのにちがいないと思った。
 サルーンには、二人のほかに誰もいない。
 暫くして、この妙な男は、また、「ああ、退屈だ。」と云った。そうして、今度は、新聞をテーブルの上へ抛り出して、ぼんやり僕の酒を飲むのを眺めている。そこで僕は云った。
「どうです。一杯おつきあいになりませんか。」
「いや、難有《ありがと》う。」彼は、飲むとも飲まないとも云わずに、ちょいと頭をさげて、「どうも、実際退屈しますな。これじゃ向うへ着くまでに、退屈死《たいくつじに》に死んじまうかも知れません。」
 僕は同意した。
「まだ、ZOILIA の土を踏むには、一週間以上かかりましょう。私は、もう、船が飽き飽きしました。」
「ゾイリア――ですか。」
「さよう、ゾイリア共和国です。」
「ゾイリアと云う国がありますか。」
「これは、驚いた。ゾイリアを御存知ないとは、意外ですな。一体どこへお出《い》でになる御心算《おつもり》か知りませんが、この船がゾイリアの港へ寄港するのは、余程前からの慣例ですぜ。」
 僕は当惑《とうわく》した。考えて見ると、何のためにこの船に乗っているのか、それさえもわからない。まして、ゾイ
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