て見せている。その中に、空と同じ色をしたものが、ふわふわ飛んでいるのは、大方《おおかた》鴎《かもめ》か何かであろう。
さて、僕の向いあっている妙な男だが、こいつは、鼻の先へ度の強そうな近眼鏡をかけて、退屈らしく新聞を読んでいる。口髭《くちひげ》の濃い、顋《あご》の四角な、どこかで見た事のあるような男だが、どうしても思い出せない。頭の毛を、長くもじゃもじゃ生やしている所では、どうも作家とか画家とか云う階級の一人ではないかと思われる。が、それにしては着ている茶の背広が、何となく釣合わない。
僕は、暫く、この男の方をぬすみ見ながら、小さな杯《さかずき》へついだ、甘い西洋酒を、少しずつなめていた。これは、こっちも退屈している際だから、話しかけたいのは山々だが、相手の男の人相が、甚《はなは》だ、無愛想に見えたので、暫く躊躇《ちゅうちょ》していたのである。
すると、角顋《かくあご》の先生は、足をうんと踏みのばしながら、生あくびを噛《か》みつぶすような声で、「ああ、退屈だ。」と云った。それから、近眼鏡の下から、僕の顔をちょいと見て、また、新聞を読み出した。僕はその時、いよいよ、こいつにはどこか
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