の為に実《じつ》を顧みないに至つては閥族《ばつぞく》の横暴も極《きはま》れりだ。」と憤慨《ふんがい》した。
 自分もそれは乱暴だと思つたから、
「実に怪《け》しからんですな。」と書生の憤慨に賛成の意を表《へう》した。書生は自分の賛成を得て大《おほい》に知己《ちき》を得たやうな気がしたのだらう。彼は自分の方《はう》をふりむくと、滔々《たうたう》としてこんな事を辯じ出した。
「万事《ばんじ》この調子だから驚くです。かう云ふ事には最も理解がある可《べ》き文壇でさへ、イズムで人間を律しようとするんですからな。一度《いちど》新技巧派と云ふ名が出来ると、その名をどこまでも人に押しかぶせて、それで胡麻《ごま》をする時は胡麻をするし、退治《たいぢ》する時は退治しようとするんですからな。我々青年はまづこの弊風《へいふう》を打破しなければいかんです。僕はこの間|博浪沙《はくらうしや》で始皇帝《しくわうてい》の車に鉄椎《てつつゐ》を落させました。不幸にしてそれは失敗しましたが、まだ壮心が衰へた訳ではありません。」
 かう云つて書生は、群集を麾《さしまね》きながら、
「諸君、憲政の擁護の為にあの交番を破壊しよ
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング