うではありませんか。」と絶叫した。
 それに応じてどこからか石が一つ斜《ななめ》に空《くう》を切りながら、かちやりと音を立てて交番の窓|硝子《ガラス》へ穴をあけた。その音で気がつくと、自分は依然としてカツフエ・パウリスタのテエブルに坐つてゐる。かちやりと云つたのは、珈琲《コオヒイ》の匙《さじ》が手から皿の上へ落ちた音らしい。自分は黒いモオニングを着た容貌|魁梧《くわいご》な紳士と向ひ合つた儘、眼を明《あ》いて夢を見てゐたのである。紳士は自分が放心から覚めたのを見ると、
「新年の新聞に何か書いてくれませんか。」と云つた。
「この頃は何も書きたくないんだから駄目《だめ》です。」
「そんな事を云はずに何か書いてくれ給へ。何《なん》でもいいのです。たとへば「新技巧派について」と云ふやうなものでも。」
 自分はぎよつとした。事によるとこの紳士は自分の夢を知つてゐるのかも知れない。
「それでなければ「旧技巧と新技巧と」はどうです。」
「駄目《だめ》です。第一新技巧などと云ふ事は考へた事もありやしません。」自分はぶつけるやうに云つた。
「しかし何か書けるでせう。」
「書けば、あなたに頼まれて書くと云
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