やうな、古雅《こが》な服装をした婆さんである。巡査はいろいろ説諭をしてゐるが、婆さんの耳には少しもそれがはいらないらしい。何しろあんまり婆さんの泣き方が猛烈だから、どうしたんだらうと思つて見てゐると、側にゐたどこかのメツセンヂア・ボイが二人《ふたり》でこんな事を話してゐる。
「あれは丸善《まるぜん》の金《きん》どんのお母《つか》さんだよ。」
「どうして又金どんのお母さんがあんなに泣いてゐるんだらう。」
「なにね、始皇帝《しくわうてい》が今日《けふ》東京中の学者をみんな日比谷《ひびや》公園の池へ抛《はふ》りこんで、生埋《いきう》めにしちまつたらう。それで金どんもやつぱり生埋めにされちまつたもんだから、それであんなにお母さんが泣いてゐるのさ。」
「だつて金どんは学者でも何《なん》でもないぢやないか。」
「学者ぢやないけれど、金どんはあんまり生物識《なまものしり》を振まはすから、丸善《まるぜん》ぢや学者つて綽名《あだな》がついてゐるんだよ。だから警察でも大学教授や何かの同類だと思つて、生埋めにしてしまつたのさ。」
 するとその隣の、小倉《こくら》の袴をはいた書生が、
「怪《け》しからんな。名
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