lは耳にもかけない。そこで一人づつ、持つてゐる茶碗を倒《さかさま》にして、米屋が一合|枡《ます》で米をはかるやうに、ぞろぞろ[#「ぞろぞろ」に傍点]虱をその襟元へあけてやると、森は、大事さうに外へこぼれた奴を拾ひながら、
「有難い。これで今夜から暖《あたたか》に眠られるて。」といふ独語《ひとりごと》を云ひながら、にやにや笑つてゐる。
「虱がゐると、暖うこざるかな。」
呆気《あつけ》にとられてゐた同役は、皆互に顔を見合せながら、誰に尋ねるともなく、かう云つた。すると、森は、虱を入れた後の襟を、丁寧に直しながら、一応、皆の顔を莫迦《ばか》にしたやうに見まはして、それからこんな事を云ひ出した。
「各々は皆、この頃の寒さで、風をひかれるがな、この権之進はどうぢや。嚔《くさめ》もせぬ。洟《はな》もたらさぬ。まして、熱が出たの、手足が冷えるのと云うた覚は、嘗《かつ》てあるまい。各々はこれを、誰のおかげぢやと思はつしやる。――みんな、この虱のおかげぢや。」
何でも森の説によれば、体に虱がゐると、必《かならず》ちくちく刺す。刺すからどうしても掻きたくなる。そこで、体中万遍なく刺されると、やはり体中
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