A一向平気で、すましてゐる。
 すましてゐるだけなら、まだいいが、外の連中が、せつせと虱狩をしてゐるのを見ると、必《かならず》わきからこんな事を云ふ。――
「とるなら、殺し召さるな。殺さずに茶碗へ入れて置けば、わしが貰うて進ぜよう。」
「貰うて、どうさつしやる?」同役の一人が、呆《あき》れた顔をして、かう尋ねた。
「貰うてか。貰へばわしが飼うておくまでぢや。」
 森は、恬然《てんぜん》として答へるのである。
「では殺さずにとつて進ぜよう。」
 同役は、冗談《じようだん》だと思つたから、二三人の仲間と一しよに半日がかりで、虱を生きたまま、茶呑茶碗へ二三杯とりためた。この男の腹では、かうして置いて「さあ飼へ」と云つたら、いくら依怙地《えこぢ》な森でも、閉口するだらうと思つたからである。
 すると、こつちからはまだ何とも云はない内に、森が自分の方から声をかけた。
「とれたかな。とれたらわしが貰うて進ぜよう。」
 同役の連中は、皆、驚いた。
「ではここへ入れてくれさつしやい。」
 森は平然として、着物の襟《えり》をくつろげた。
「痩我慢をして、あとでお困りなさるな。」
 同役がかう云つたが、当
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング