る。勿論その位だから、着物には、何十匹となくたかつてゐる。さうして、それが人肌にさへさはれば、すぐに、いい気になつて、ちくちくやる。それも、五匹や十匹なら、どうにでも、せいとう[#「せいとう」に傍点]のしやうがあるが、前にも云つた通り、白胡麻《しろごま》をふり撒いたやうに、沢山ゐるのだから、とても、とりつくすなどと云ふ事が出来る筈のものではない。だから、佃組と山岸組とを問はず、船中にゐる侍と云ふ侍の体は、悉《ことごと》く虱に食はれた痕《あと》で、まるで麻疹《はしか》[#「麻疹」は底本では「痳疹」]にでも罹《かか》つたやうに、胸と云はず腹と云はず、一面に赤く腫れ上がつてゐた。
しかし、いくら手のつけやうがないと云つても、そのまま打遣《うつちや》つて置くわけには、猶《なほ》行かない。そこで、船中の連中は、暇さへあれば、虱狩をやつた。上は家老から下は草履取《ざうりとり》まで、悉く裸になつて、随所にゐる虱をてんでに茶呑茶碗の中へ、取つては入れ、取つては入れするのである。大きな帆に内海の冬の日をうけた金毘羅船の中で、三十何人かの侍が、湯もじ一つに茶呑茶碗を持つて、帆綱の下、錨の陰と、一生懸命
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