オて、川口を海へのり出した時の景色は、如何《いか》にも勇ましいものだつたさうである。
 しかし、その船へ乗組んでゐる連中は、中々勇ましがつてゐる所の騒ぎではない。第一どの船にも、一艘に、主従三十四人、船頭四人、併《あは》せて三十八人づつ乗組んでゐる。だから、船の中は、皆、身動きも碌《ろく》に出来ない程狭い。それから又、胴の間《ま》には、沢庵漬《たくあんづけ》を鰌桶《どぢやうをけ》へつめたのが、足のふみ所もない位、ならべてある。慣れない内は、その臭気を嗅ぐと、誰でもすぐに、吐き気を催した。最後に旧暦の十一月下旬だから、海上を吹いて来る風が、まるで身を切るやうに冷い。殊に日が暮れてからは、摩耶颪《まやおろし》なり水の上なり、流石《さすが》に北国生れの若侍も、多くは歯の根が合はないと云ふ始末であつた。
 その上、船の中には、虱《しらみ》が沢山ゐた。それも、着物の縫目にかくれてゐるなどと云ふ、生やさしい虱ではない。帆にもたかつてゐる。幟にもたかつてゐる。檣《ほばしら》にもたかつてゐる。錨《いかり》にもたかつてゐる。少し誇張して云へば、人間を乗せる為の船だか、虱を乗せる為の船だか、判然しない位で
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