もころがっていた。しかしその火も消えてしまうと、あたりは前よりも暗くなってしまった。
「昼間ほどの獲物はなかった訣《わけ》だね。」
「獲物? ああ、あの札か? あんなものはざらにありはしない。」
 僕等は絶え間ない浪の音を後《うしろ》に広い砂浜を引き返すことにした。僕等の足は砂の外にも時々海艸を踏んだりした。
「ここいらにもいろんなものがあるんだろうなあ。」
「もう一度マッチをつけて見ようか?」
「好いよ。………おや、鈴の音《おと》がするね。」
 僕はちょっと耳を澄ました。それはこの頃の僕に多い錯覚かと思った為だった。が、実際鈴の音はどこかにしているのに違いなかった。僕はもう一度O君にも聞えるかどうか尋ねようとした。すると二三歩遅れていた妻は笑い声に僕等へ話しかけた。
「あたしの木履《ぽっくり》の鈴が鳴るでしょう。――」
 しかし妻は振り返らずとも、草履《ぞうり》をはいているのに違いなかった。
「あたしは今夜は子供になって木履をはいて歩いているんです。」
「奥さんの袂《たもと》の中で鳴っているんだから、――ああ、Yちゃんのおもちゃだよ。鈴のついたセルロイドのおもちゃだよ。」
 O君もこ
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