蜃気楼
――或は「続海のほとり」――
芥川龍之介

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)午頃《ひるごろ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)十年|前《ぜん》


   一

 或秋の午頃《ひるごろ》、僕は東京から遊びに来た大学生のK君と一しょに蜃気楼《しんきろう》を見に出かけて行った。鵠沼《くげぬま》の海岸に蜃気楼の見えることは誰《たれ》でももう知っているであろう。現に僕の家《うち》の女中などは逆まに舟の映ったのを見、「この間の新聞に出ていた写真とそっくりですよ。」などと感心していた。
 僕等は東家《あずまや》の横を曲り、次手《ついで》にO君も誘うことにした。不相変《あいかわらず》赤シャツを着たO君は午飯《ひるめし》の支度でもしていたのか、垣越しに見える井戸端にせっせとポンプを動かしていた。僕は秦皮樹《とねりこ》のステッキを挙げ、O君にちょっと合図をした。
「そっちから上って下さい。――やあ、君も来ていたのか?」
 O君は僕がK君と一しょに遊びに来たものと思ったらしかった。
「僕等は蜃気楼を見に出て来たんだよ。君も一しょに行かないか?」

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