はO君の言葉と一しょに砂の上から立ち上った。するといつか僕等の前には僕等の残して来た「新時代」が二人、こちらへ向いて歩いていた。
僕はちょっとびっくりし、僕等の後ろをふり返った。しかし彼等は不相変《あいかわらず》一町ほど向うの笹垣《ささがき》を後ろに何か話しているらしかった。僕等は、――殊にO君は拍子抜けのしたように笑い出した。
「この方が反《かえ》って蜃気楼じゃないか?」
僕等の前にいる「新時代」は勿論《もちろん》彼等とは別人だった。が、女の断髪や男の中折帽をかぶった姿は彼等と殆《ほとん》ど変らなかった。
「僕は何だか気味が悪かった。」
「僕もいつの間に来たのかと思いましたよ。」
僕等はこんなことを話しながら、今度は引地川《ひきじがわ》の岸に沿わずに低い砂山を越えて行った。砂山は砂止めの笹垣の裾《すそ》にやはり低い松を黄ばませていた。O君はそこを通る時に「どっこいしょ」と云うように腰をかがめ、砂の上の何かを拾い上げた。それは瀝青《チャン》らしい黒枠の中に横文字を並べた木札だった。
「何だい、それは? Sr. H. Tsuji……Unua……Aprilo……Jaro……1906…
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