海を眺めている男女だった。尤《もっと》も薄いインバネスに中折帽をかぶった男は新時代と呼ぶには当らなかった。しかし女の断髪は勿論《もちろん》、パラソルや踵《かかと》の低い靴さえ確に新時代に出来上っていた。
「幸福らしいね。」
「君なんぞは羨《うらやま》しい仲間だろう。」
 O君はK君をからかったりした。
 蜃気楼の見える場所は彼等から一町ほど隔っていた。僕等はいずれも腹這《はらば》いになり、陽炎《かげろう》の立った砂浜を川越しに透かして眺めたりした。砂浜の上には青いものが一すじ、リボンほどの幅にゆらめいていた。それはどうしても海の色が陽炎に映っているらしかった。が、その外には砂浜にある船の影も何も見えなかった。
「あれを蜃気楼《しんきろう》と云うんですかね?」
 K君は顋《あご》を砂だらけにしたなり、失望したようにこう言っていた。そこへどこからか鴉《からす》が一羽、二三町隔った砂浜の上を、藍色《あいいろ》にゆらめいたものの上をかすめ、更に又向うへ舞《ま》い下《さが》った。と同時に鴉の影はその陽炎《かげろう》の帯の上へちらりと逆まに映って行った。
「これでもきょうは上等の部だな。」
 僕等
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