時に、宿命のせんなさに脅《おびやか》された。その女の子に比べれば、この男を頼みに暮してゐるのは、まだしも仕合せに違ひなかつた。「なりゆきに任せる外はない。」――姫君はさう思ひながら、顔だけはあでやかにほほ笑んでゐた。
屋形の軒に当つた松は、何度も雪に枝を折られた。姫君は昼は昔のやうに、琴を引いたり双六《すごろく》を打つたりした。夜は男と一つ褥《しとね》に、水鳥の池に下りる音を聞いた。それは悲しみも少いと同時に、喜びも少い朝夕だつた。が、姫君は不相変《あひかわらず》、この懶《ものう》い安らかさの中に、はかない満足を見出してゐた。
しかしその安らかさも、思ひの外《ほか》急に尽きる時が来た。やつと春の返つた或夜、男は姫君と二人になると、「そなたに会ふのも今宵《こよひ》ぎりぢや」と、云ひ悪《に》くさうに口を切つた。男の父は今度の除目《ぢもく》に、陸奥《むつ》の守《かみ》に任ぜられた。男もその為に雪の深い奥へ、一しよに下らねばならなかつた。勿論姫君と別れるのは、何よりも男には悲しかつた。が、姫君を妻にしたのは、父にも隠してゐたのだから、今更打ち明ける事は出来悪《できにく》かつた。男はため息を
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