六の宮の姫君
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)古い宮腹《みやばら》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)或|時雨《しぐれ》の渡つた夜
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ](大正十一年七月)
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一
六の宮の姫君の父は、古い宮腹《みやばら》の生れだつた。が、時勢にも遅れ勝ちな、昔気質《むかしかたぎ》の人だつたから、官も兵部大輔《ひやうぶのたいふ》より昇らなかつた。姫君はさう云ふ父母《ちちはは》と一しよに、六の宮のほとりにある、木高《こだか》い屋形《やかた》に住まつてゐた。六の宮の姫君と云ふのは、その土地の名前に拠《よ》つたのだつた。
父母は姫君を寵愛《ちようあい》した。しかしやはり昔風に、進んでは誰にもめあはせなかつた。誰か云ひ寄る人があればと、心待ちに待つばかりだつた。姫君も父母の教へ通り、つつましい朝夕を送つてゐた。それは悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯だつた。が、世間見ずの姫君は、格別不満も感じなかつた。「父母さへ達者でゐてくれれば好い。」―
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