。が、蝶鳥《てふとり》の几帳《きちやう》を立てた陰に、燈台の光を眩《まぶ》しがりながら、男と二人むつびあふ時にも、嬉しいとは一夜も思はなかつた。
 その内に屋形は少しづつ、花やかな空気を加へ初めた。黒棚や簾《すだれ》も新たになり、召使ひの数も殖《ふ》えたのだつた。乳母は勿論以前よりも、活《い》き活きと暮しを取り賄《まかな》つた。しかし姫君はさう云ふ変化も、寂しさうに見てゐるばかりだつた。
 或|時雨《しぐれ》の渡つた夜、男は姫君と酒を酌《く》みながら、丹波の国にあつたと云ふ、気味の悪い話をした。出雲路《いづもぢ》へ下る旅人が大江山の麓に宿を借りた。宿の妻は丁度その夜、無事に女の子を産み落した。すると旅人は生家《うぶや》の中から、何とも知れぬ大男が、急ぎ足に外へ出て来るのを見た。大男は唯「年は八歳、命《めい》は自害」と云ひ捨てたなり、忽《たちま》ち何処《どこ》かへ消えてしまつた。旅人はそれから九年目に、今度は京へ上る途中、同じ家に宿つて見た。所が実際女の子は、八つの年に変死してゐた。しかも木から落ちた拍子に、鎌を喉《のど》へ突き立ててゐた。――話は大体かう云ふのだつた。姫君はそれを聞いた
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