のまはりには、彼の腰に下げた高麗剣より、更に一かさ大きい蜂が、何匹も悠々と這ひまはつてゐた。
彼は思はず身を飜《ひるがへ》して、扉の方へ飛んで行つた。が、いくら推《お》しても引いても、扉は開きさうな気色《けしき》さへなかつた。のみならずその時一匹の蜂は、斜に床の上へ舞ひ下ると、鈍い翅音《はおと》を起しながら、次第に彼の方へ這ひ寄つて来た。
余りの事に度を失つた彼は、まだ蜂が足もとまで来ない内に、倉皇とそれを踏み殺さうとした。しかし蜂は其途端に、一層翅音を高くしながら、彼の頭上へ舞上つた。と同時に多くの蜂も、人のけはひに腹を立てたと見えて、まるで風を迎へた火矢のやうに、ばらばらと彼の上へ落ちかかつて来た。……
須世理姫は広間へ帰つて来ると、壁に差した松明《たいまつ》へ火をともした。火の光は赤々と、菅畳の上に寝ころんだ素戔嗚の姿を照らし出した。
「確に蜂の室へ入れて来たらうな?」
素戔嗚は眼を娘の顔に注ぎながら、また忌々《いまいま》しさうな声を出した。
「私は御父様の御云ひつけに背《そむ》いた事はございません。」
須世理姫は父親の眼を避けて、広間の隅へ席を占めた。
「さうか? で
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